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嫁の言動を無意識に記憶していた

自分では観察しているつもりはなかった。

何かを探そうとしていたわけでも
細かくチェックしようとしていたわけでもない。

ただ、
普通に一緒に過ごして
普通に会話をしているだけ。

少なくともそのときの自分は
そう思っていた。

でも、後から思い返すと
驚くほど細かい部分まで覚えていることに気づく。

言い方。
言葉の選び方。
間の取り方。
声の調子。

内容ではなく、
その周辺の部分ばかりが、
やけにはっきり残っている。

その日も、
特別な話をしていたわけじゃなかった。

夕飯の支度をしながら
嫁がふと話し始めた。

「今日さ、帰りにスーパー寄ろうと思ってたんだけど、思ったより混んでてさ。レジも並んでたし駐車場もいっぱいで。結局、いつもの店に行ったんだよね」

少し早口で息をつく間もなく続く。

「最近あそこも人多いしさ、タイミング悪いと本当に疲れるんだよね。仕事終わりだと余計に」

それは、
ほとんど独り言のような話だった。

こちらに向けて話している
というより口からそのまま出てきた言葉という感じ。

「ふーん」

自分は短くそう返した気がする。
ちゃんと聞いていなかったわけじゃない。

でも、
特別に反応するほどの内容でもなかった。

「そうなんだ、大変だね」
そう言うほどでもない。

「じゃあ今度は別の店にしようか」
そんな話につなげるほどでもない。

ただの日常の一コマ。

嫁は話している途中で
一度もこちらを見なかった。

手元の作業を続けながら
流れるように話して
流れるように終わった。

話し終えたあと
こちらの反応を待つこともなく
すぐに別のことを始めた。

冷蔵庫を開けて次に使う食材を取り出す。

まるで、
最初から返事を想定していなかったかのように。
その場では何も思わなかったはずだ。

「そういう日もあるよな」
それくらいの感覚で終わっていた。

でも、
夜になって一人になったとき。

なぜか、
その場面がはっきりと浮かんできた。

言葉の内容ではない。
途中でこちらを見なかったこと。
返事を待たなかったこと。

話し終えた瞬間の少し早足な動き。
そういう部分だけが妙に鮮明だった。

「なんで、あんなに覚えてるんだろう」

自分でも、
少し不思議に思った。

覚えようとしたわけじゃない。
分析しようとしたわけでもない。

むしろそのときは
意識すらしていなかったはずだ。

それなのに記憶は残っている。

しかも細部だけが。

言葉の意味よりも
空気や距離感のほうが
くっきりしている。

それが、
少し不気味だった。

「気にしすぎだ」

そう言おうとしたけれど
無意識に記憶している
という事実だけは消せなかった。

気にしていなければ
ここまで残らない。

そう考えると
自分が思っている以上に
敏感になっているのかもしれない。

あるいは、
もう、見逃せなくなっているのかもしれない。

そのどちらなのかはまだ分からない。

ただ、
「覚えようとしていないのに覚えている」
という状態に入っていることだけは、
はっきりしていた。

それが、
これまでとは違う段階に来ている証拠のように
思えてならなかった。

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この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

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