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記憶ではなく記録として残したくなった

これまでは違和感を感じても、
その場で少し考えてそれで終わりにしていた。

頭の中で整理したつもりになって
「まあ、こんなものか」
そうやって流してきた。

特別な行動を起こすわけでもなく
誰かに話すわけでもなく
ただ時間が過ぎるのを待つ。

あとになって振り返ると
細かい部分は驚くほど曖昧になっている。

何がきっかけだったのか。
どんな気持ちだったのか。
その時、どこまで考えていたのか。

はっきり思い出せない。

「そんなこともあった気がする」
「確か、少し引っかかったような」

その程度の輪郭しか残らない。

でも最近、
それでは足りないと感じるようになった。

違和感が消えないからというより
違和感の形が変わってしまうことに
不安を覚えた。

考えたことを
そのまま頭の中に置いておくと
感情と一緒に形を変えてしまう。

その日の気分で重くもなれば
驚くほど軽くもなる。

落ち着いているときは
「気にするほどじゃない」
疲れているときは
「やっぱりおかしい」

同じ出来事なのに受け取り方が違ってくる。

それが悪いわけではない。
人の感情なんてそんなものだ。

でも、
その変化に振り回されている気がした。

「ちゃんと残しておいた方がいい」

そう思ったのは
何かを証明したかったからではない。

誰かに見せるためでもないし
責める材料が欲しかったわけでもない。

忘れないためというのとも少し違う。

自分がその瞬間に
何をどう感じていたのか。

どこが引っかかって、
何に違和感を覚え、
何を考えたのか。

その時点での考えをそのままの形で残したかった。
記憶はどうしても後から書き換えられる。

時間が経てば
都合のいいように整えられる。

「今思えば、あれは大したことなかった」
「やっぱり、気のせいだったんだ」

そうやって
安心できる方向に修正してしまう。

逆に、
不安が強いときは
実際よりも重く思い出すこともある。

記憶は優しいけれど、正確ではない。

だから、
記憶ではなく記録として残したくなった。

その日の自分が見ていた景色を
そのまま切り取るように。

評価も、結論もいらない。

ただ、
「その時の自分」を残しておきたかった。

それは自分の気持ちを信じるための
小さな準備だったのかもしれない。

まだ何かを決める段階ではない。

ただ、
目を背けずにいるために書き留めておく。

そんな感覚だった。

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この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

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