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可能性を否定しきれなくなった

以前は「そんな可能性はない」
と、自然に思えていた。

わざわざ考える必要もなかったし
頭の片隅に浮かんだとしても
すぐに消えていった。

それは、
意識して否定していたというより
最初から選択肢に入っていなかった
という感覚に近い。

だから迷いもなかった。

でも今は違う。

否定しようとすると、
どこかに小さな引っかかりが残る。

「違う」
そう言い切ろうとした瞬間、
心の奥で何かが止まる。

完全に否定しきれない。
その感覚がじわじわと広がっていた。

ある夜、
特別な出来事があったわけではない。

いつも通りの時間。
いつも通りの空気。

夕飯を終えて、
それぞれが自分のことをしながら
何となく会話をしていた。

「今週、ちょっと予定変わるかも」

嫁が軽い調子でそう言った。

何かを報告するというほどでもない。
独り言に近い一言。

「そうなんだ」

自分は反射的にそう返した。

声のトーンも、態度も、
いつもと同じだったと思う。

「まだ分からないけどね」

それで会話は終わった。

理由も説明されなかったし
こちらも聞かなかった。

聞かなかったというより
聞けなかった。

「どうして?」
「何の予定?」

その二言が
喉のあたりで止まった。

以前なら
気にも留めなかったはずの一言。

予定が変わることなんてよくある。

仕事かもしれないし
急な用事かもしれない。

それだけの話だ。

そう頭では分かっている。

でも、
その一言がそのまま残った。

消えずに、
胸の奥に引っかかったまま。

可能性を考えたくない。
余計な想像はしたくない。

そう思えば思うほど、
考えない理由が見つからない。

以前なら、
考えなくていい理由が
いくつも浮かんだ。

今は、
それが浮かばない。

否定しきれない、
という状態は決して肯定しているわけではない。

「そうに違いない」と
思っているわけでもない。

ただ、
目を閉じることができなくなった。

見ないふりをすることが
できなくなった。

可能性の存在を、
完全に消すことができない。

それだけだった。

その夜、
布団に入ってからもその一言が、
何度も頭に浮かんだ。

意味を探そうとしている自分と
やめようとしている自分が
同時にいる。

どちらも、
間違っていない気がして
どちらにも進めない。

可能性を否定しきれなくなった、
というのは答えに近づいたということではない。

ただ、
目を閉じてやり過ごす段階を
越えてしまったということだった。

それだけの変化なのに
以前よりずっと重く感じられた。

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この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

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