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確認しないままでいる苦しさ

確認しなければ何も変わらない。
少なくとも表面上は。

日常は続く。
会話もある。
時間も流れる。

それは、
頭でははっきり分かっていた。

でも同時に、
確認してしまえば
もう戻れなくなる。

今まで保ってきた距離感も、
曖昧な均衡も一気に崩れてしまうかもしれない。

その二つの間に立たされている状態が一番きつかった。

前にも進めない。
後ろにも戻れない。

動かないことで
何とか形を保っている。

そんな感覚だった。

何もしないという行動を
実は毎日選び続けている。

何も聞かない。
何も確かめない。
深く踏み込まない。

それは、
一見すると楽な選択に見える。

余計な衝突もない。
面倒な話し合いもない。
感情をぶつけ合う必要もない。

でも、
実際は逆だった。

何もしないことは
決して無負荷ではない。

むしろ、
かなり消耗する。

避けている。
先延ばしにしている。
飲み込んでいる。

その全部を、
自分一人で引き受けている。

言葉にしない分、
体のどこかに溜まっていく。

一日を終えるたびに
小さな疲れが残る。

はっきりとした疲労ではない。
眠れば取れるようなものでもない。

ただ、
確実に積み重なっていく。

朝になれば
また同じ選択をする。

今日も確認しない。

今日も何も聞かない。

その繰り返しが、
少しずつ自分をすり減らしているのが分かる。

確認しない苦しさは
単に「何かを知らない」
という苦しさではなかった。

知らなければ、
まだ楽だったかもしれない。

本当につらいのは、
「知るかもしれない状態」に
居続けていることだった。

問いは、
常にすぐ近くにある。

手を伸ばせば、
届いてしまう場所にある。

でも触れない。

触れないまま
そこにあることだけを
ずっと意識している。

それは、
緊張が解けない状態に近い。

いつ何が起きてもおかしくない、
という感覚の中で
何も起きていないふりをする。

その状態で、
普通の顔をして日常を過ごす。

それが、
想像以上にしんどかった。

確認しなければ
何も変わらない。

でも、
何も変わらないままいることが
もう楽ではなくなっている。

その事実だけがはっきりしていた。

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この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

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