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違和感が確信に近づいていった

「確信」という言葉は
まだ使えなかった。

重すぎる。
そして早すぎる気がした。

その言葉を使ってしまった瞬間、
何かを決めてしまうようで
まだ触れたくなかった。

でも同時に、
「違和感」という言葉も
もうしっくりこなくなっていた。

あまりにも曖昧で
逃げ道が多すぎる。

違和感、という言葉は、
気のせいにもできるし、
一時的な感情にもできる。

戻ろうと思えば戻れる余地を残している。
今の感覚はそうではなかった。

もっと輪郭がある。

はっきりと形は見えないのに
「そこにある」と分かる。

暗闇の中で
物の存在を感じ取るような感覚。

目を凝らさなくても
意識しなくても自然と視界に入ってくる。

避けようとしても
完全には避けられない。

否定しようとすると「なぜ?」と
理由を求められる。

その問いに答えようとして
頭の中を探る。

過去の会話。
態度の積み重なり。
距離感の変化。

理由は、
いくつも思いつく。

でも、
どれか一つを挙げたところで
この感覚は消えない。

「それは勘違いだ」
そう言い切ろうとしても
どこかで引っかかる。

完全に否定できない。

そして、
否定しきれないという事実が
さらに感覚を強めていく。

違和感と確信の間にある
名前のない段階。

それは、
どちらにも属していない。

確信ほど強くはないが
違和感ほど軽くもない。

揺れているようで
実は少しずつ重心が移動している。

その移動が
自分には分かってしまう。

昨日より、今日の方が近い。
今日より、明日はもっと近づく。

そんな予感だけが
静かに積み重なっていく。

この段階に来て
自分の中の何かが変わった。

もう、
「何も分からない」
とは言えない。

でも、
「分かった」
とも言えない。

その中間に立ち続けている。

立ち止まっているようで、
実は一方向にだけ進んでいる。

戻ろうとしても
足がそちらを向かない。

進もうとしても
まだ踏み出せない。

それでも、
足を踏み入れてしまったことだけは
確かだった。

違和感が確信に近づいていく。

その過程を自分は今
はっきりと体感していた。

名前のないこの感覚が
いずれどこへ行き着くのかは
まだ分からない。

ただ、
もう前の段階ではない。

そのことだけは疑いようがなかった。

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この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

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