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判断を先延ばしにしていた

判断をしていなかった、
というより、
意識的に判断を保留していたというほうが近い。

考えていなかったわけではない。
むしろ考えること自体は、
ずっと続いていた。

この状態をどう捉えるべきなのか。
この関係をどこに位置づけるのか。

そうした問いは、
一日のどこかで必ず浮かんできた。
ふとした瞬間に背景音のように
頭の中に流れていた。

でも、
答えを出すことだけはしていなかった。

嫁と普通に会話ができる日もある。
用事の話をして笑顔が交わされることもある。

一方で、
ほとんど言葉を交わさない日もある。
同じ空間にいながら
必要最低限のやり取りだけで、
一日が終わることもあった。

そのどちらか一方だけを切り取れば
結論は簡単だったかもしれない。

うまくいっている、と言うこともできるし
距離ができている、と言うこともできる。
楽観にも、悲観にも、どちらにも振り切れる材料があった。

でも、
実際にはその両方が、
同時に存在していた。

良い日と、
そうではない日が交互に、
あるいは曖昧に続いていた。

その混在を前にすると、
白か黒かを決めることが
とても乱暴に感じられた。

だから、
判断を先延ばしにした。

記録を続け、事実を積み上げ、
もう少し全体像がはっきりするのを待った。

待っている、というより、
自分に対して、
「今は急がなくていい」
と言い聞かせていた。

判断を下せば関係の見方が変わる。
見方が変われば行動も変わる。

距離の取り方も、会話の仕方も、
心の持ち方も、少なからず影響を受ける。

その連鎖をまだ引き起こす準備が
できていなかった。

判断することが怖かった、
というより判断した後の自分を
まだ想像しきれなかった。

嫁は、
これまで通り生活しているように見えた。
家事も、日常のやり取りも、
大きく変わった様子はない。

少なくとも、
表面上は、何事もない日常が続いていた。

その「変わらなさ」に対して、
自分だけが意味を求めすぎている
可能性もあった。

もしかしたら、
自分が感じている違和感は
自分の内側の問題で、
嫁にとっては、
特別なことではないのかもしれない。

そう考えると、
軽々しく判断を下すことが一方的に思えた。

だから判断しなかった。

先延ばしは、
確かに逃げの側面もあった。

決めなければ、
傷つく可能性を先送りにできる。

でも同時に慎重さでもあった。

今の段階で結論を出せば、
見落としてしまうものが
ある気もしていた。

この時点ではそれが逃げなのか、
慎重さなのか、まだ区別がつかなかった。

ただ、
判断を保留している自分がいる、
という事実だけは記録の中にはっきり残っていた。

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この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

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