これまでは、
自分の中だけで完結していた。
感じたことも、
気になったことも、
違和感も、
すべてを自分の内側で整理しようとしていた。
誰かに伝える前提もなく、
理解してもらう必要もなく、
ただ記録して、考えて、
また日常に戻る。
それが自然な流れになっていた。
けれど、
ある時ふと、
「外部」という存在を意識した瞬間があった。
具体的に誰かを思い浮かべたわけではない。
ただ、
自分以外の視点がある、
ということを初めて現実的に考えた。
今までは、
自分がどう感じているか、
それだけが基準だった。
でも、
もしこれを外から見たらどう映るのか。
そう考え始めたとき、
少しだけ見え方が変わった。
この状況は、
自分の中では当たり前になりかけている。
違和感を覚えること自体にも、
少し慣れてきてしまっている。
でも、
初めて聞く人がいたら、
同じように受け取るだろうか。
何も感じないのか、
それとも、
何か引っかかるのか。
そこが気になった。
外部を意識したといっても、
すぐに何か行動を起こすつもりはなかった。
ただ、
「外から見られる可能性」を
頭の中に置いてみただけだった。
それだけで、
記録の仕方が少し変わった気がする。
今までは、
自分だけが分かればよかった。
短い言葉でも、
断片的でも、
意味は通じていた。
でも、
外部を意識すると、
自然と説明を補足するようになる。
いつのことなのか。
どんな流れだったのか。
どう感じたのか。
少しだけ丁寧に残そうとする自分がいた。
それは、
誰かに見せるためというより、
「誰かが見ても分かる形」に近づけようとしている感覚だった。
外部という存在を想定すると、
自分の受け取り方も見直すことになる。
思い込みはないか。
勘違いしていないか。
事実と感覚が混ざっていないか。
そんなことを、
以前よりも気にするようになった。
自分の中だけにあると、
どうしても判断が偏る。
でも、
外からの視点を想像すると、
少しだけ距離を置いて見られる。
その変化は、
思っていたより大きかった。
何かが解決したわけではない。
状況がはっきりしたわけでもない。
ただ、
自分一人の世界の中だけで考える状態から、
少しだけ外に目が向いた。
それが、
初めて外部を意識した瞬間だった。
まだ、
具体的に誰かに話す予定はない。
相談するかどうかも、
決めていない。
でも、
外という存在を一度でも意識したことで、
今までとは違う整理の仕方になってきている。
自分の中の記録が、
少しずつ「説明できる形」に近づいている。
それは、
今すぐ必要なことではないかもしれない。
けれど、
もし将来、
誰かに話すことになったとき、
その時の自分が困らないように、
今の自分が整えている。
そんな感覚に近かった。
ただ内側だけを見ていた状態から、
ほんの少し外に目を向けた。
それだけの変化だけれど、
自分にとっては静かな区切りのようにも感じている。
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