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誰にも相談できない理由

誰かに相談すれば、
少しは楽になるかもしれない。
気持ちを言葉にすることで、
頭の中が整理されるかもしれない。

それは頭では分かっていた。
それでも誰にも言えなかった。

言おうとしてやめたことは何度もある。
誰かの顔が浮かんでは言葉を飲み込んだ。

理由は一つではなかった。
まず確証がなかった。

浮気を疑っているだけで
はっきりした事実は何もない。
違和感がある。
引っかかる点がある。
それだけだった。

その段階で
嫁のことを話題に出すことに
強い抵抗があった。

もし、
本当に何もなかったら。
自分の勘違いだったら。

そのとき、
自分は何をしていたことになるのか。

勝手に疑って
勝手に不安になって
それを他人に広めた
ということになる。

その想像が簡単には受け入れられなかった。

もう一つの理由は話した瞬間に
現実が動いてしまう気がしたからだ。

誰かに相談すれば
相手は必ず何かを言う。

「それは怪しいと思う」
「考えすぎじゃないか」

どちらにしても、
自分の迷いはその場で評価されてしまう。

怪しいと言われれば
疑う方向に引っ張られる。
考えすぎだと言われれば
自分の感覚を否定されたように感じる。

どちらも今の自分には重かった。

まだ揺れている段階で、
他人の言葉によって方向づけられるのが怖かった。

相談という形を取った瞬間、
自分の中の曖昧さが許されなくなる気がしていた。

そして、
一番大きかったのは、
自分の中でまだ整理がついていなかったことだった。

疑っている自分がいる。
でも信じたい自分も確かにいる。

傷つくのを恐れている自分もいれば、
真実を知りたいと思っている自分もいる。

どれも本音だった。
どれも嘘ではなかった。
でも同時に矛盾していた。

その矛盾した状態を
そのまま言葉にして
誰かに渡す勇気がなかった。

うまく説明できないまま、
話してしまいそうだった。
自分でも整理できていないものを
相手に理解してもらえるとは思えなかった。

だから、
相談はしなかった。

誰にも言わないという選択をした。
代わりに記録を続けた。

言葉を外に出す代わりに紙の上に残す。
誰にも渡さない形で自分の中身だけを整理する。

それがその時点でできる
精一杯の対処だった。

誰にも言えない理由は、
弱さではない。
臆病さだけでもない。

まだ、
自分自身と向き合いきれていない
という事実だった。

気持ちを言葉にする前に
まず自分がそれを受け止める必要があった。

この時点では話すことよりも
黙っていることのほうが自分を保てていた。

それが正しいかどうかはまだ分からない。

ただ、
そのときの自分にとってはそれしか選べなかった。

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この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

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