ここまで書いてきて、
ふと立ち止まることがある。
この記録を、
自分は最終的に誰かに見せるつもりがあるのだろうか。
それとも、
最後まで誰にも見せず、
一人で抱えたままにするつもりなのだろうか。
自分でも、
はっきりと答えは出ていなかった。
誰かに読ませたい、
という気持ちもあれば、
誰にも知られたくない、
という気持ちも同時にあった。
そのどちらかに決めきれないまま、
記録だけが積み重なっていった。
誰にも言えないまま、
でも確かに続けている。
その状態が今の自分に一番近かった。
黙って抱え込んでいるわけでもない。
かといって誰かに打ち明けているわけでもない。
言葉は確かに存在している。
ただ、
行き先が決まっていないだけだった。
言えない理由は、
単純なものではなかった。
重いからでも、
恥ずかしいからでもない。
自分の弱さを知られるのが怖い、
という話でもなかった。
言葉にした瞬間、
関係が変わってしまう気がした。
相手が気を遣い始めるかもしれない。
距離を縮めようとするかもしれない。
あるいは、
思ったより軽く受け取られてしまうかもしれない。
どちらの場合も、
今ある関係性とは、
違う形になってしまう。
それが良いか悪いかではなく、
変わってしまうこと自体が、
今の自分には受け止めきれなかった。
話すことで、
相手に何かを背負わせてしまう可能性もあった。
聞く側に判断や反応を求めてしまうこともある。
でも同時に、
軽く扱われてしまう可能性もある。
「そういうこともあるよ」
「気にしすぎじゃない?」
その一言で、
自分が積み上げてきた整理が、
崩れてしまう気がした。
どちらも避けたかった。
だから、
言葉は記録の中にだけ残した。
外に出さない代わりに、
消えない形でここに置いておく。
誰にも渡さない。
でも、
なかったことにもできない。
それが、
今の自分なりの折り合いだった。
続けることで、
何かが解決するわけではない。
状況が動くわけでも答えが出るわけでもない。
それでも、
記録は続いている。
理由を探せば、
いくつも思い当たる。
整理のため。
混乱しないため。
自分を保つため。
でも、
一番近い感覚は、
「止めるほうが怖い」
というものだった。
書くのをやめたら、
ここまで積み上げてきたものが、
一気に未整理のまま自分の中に戻ってしまう気がする。
言葉になっていたものが、
また曖昧な感覚に戻り同じところを何度も回り始める。
それが、
一番耐えられなかった。
誰にも言えない。
でも、
誰にも言わないまま消すこともできない。
その中間にあるのがこの記録だった。
誰かに差し出すための文章でもなく
完全に閉じてしまうためのものでもない。
ただ、
自分が自分でい続けるために
ぎりぎり残している場所。
続けていること自体が
今の自分を保つための精一杯の選択だったのだと思う。
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