このことを誰かに話せば
少しは楽になるのだろうか。
そう考えたことは
一度や二度ではなかった。
頭の中で
何度も同じ問いを繰り返す。
話すことで
気持ちが整理されるかもしれない。
自分では気づかなかった視点を
誰かが与えてくれるかもしれない。
そんな期待が
まったくなかったわけではない。
友人の顔が浮かぶ。
同僚の顔も浮かぶ。
家族の顔も浮かぶ。
でも、
一人一人を思い浮かべるたびに
その考えはすぐに打ち消された。
説明が難しい。
どこから話せばいいのか分からない。
何も確定していない。
証拠もない。
ただの違和感と仮説だけだ。
そんな話を聞かされても
相手は困るだけかもしれない。
「気にしすぎだよ」
「考えすぎじゃない?」
そう言われる場面が簡単に想像できた。
それに、
もし自分が逆の立場だったら
どう反応するだろうか。
きっと、
同じ言葉を返していた気がする。
だから、
誰にも話さないという選択を続けていた。
特に一番近くにいる相手には
なおさら話せなかった。
話すべき相手なのかもしれない。
でも話せない相手でもあった。
ある日の夕飯のあと。
テレビをつけたまま
特に意味のない番組を流しながら
二人で同じ空間にいた。
静かすぎず、
うるさすぎない、
いつもと変わらない空気。
そのとき
ふと、口を開きかけた。
「最近さ…」
自分の声が
思ったよりもはっきり聞こえて少し驚いた。
嫁がこちらに顔を向ける。
「なに?」
その一言は何気ない
いつもと同じ言い方だった。
でもその瞬間、
頭の中が一気に真っ白になった。
何を言うつもりだったのか。
どこまで話すつもりだったのか。
用意していたはずの言葉が
全部消えた。
「いや、なんでもない」
自分でも驚くほど
早く引っ込めていた。
逃げるように視線を逸らす。
嫁は、
少しだけこちらを見てから
もう一度、聞いてきた。
「疲れてる?」
責めるでもなく
詮索するでもない
ただの確認。
「まあ、ちょっとね」
それだけ答えて会話は終わった。
それ以上
何かを聞かれることもなく
こちらから話すこともなかった。
テレビの音だけが部屋に流れ続ける。
話せなかった。
話さなかった。
話してはいけない気がした。
理由ははっきりしない。
傷つけたくなかったのか。
壊したくなかったのか。
それとも自分自身が傷つくのが怖かったのか。
分からない。
ただ、
一人で抱えている状態が
想像以上にきつかった。
誰にも話せないということは、
誰にも委ねられない
ということでもある。
自分の中だけで
考え続けて自分の中だけで
答えを出さなければならない。
逃げ場がない。
「まだ何も分かっていない」
そう自分に言い聞かせても
考えることは止まらない。
むしろ、
夜になると余計に重くなる。
誰かに話せていたら
もう少し違ったのだろうか。
そんなことを考えるほど
孤独を強く意識してしまう。
その重さは
一晩で消えるものではなかった。
日に日に少しずつ
確実に増していった。
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