夜、家に帰ると嫁はリビングにいた。
ソファに腰を下ろし、テレビをつけたまま手元ではスマホを操作している。
画面から流れてくる音と指先の動きだけが目に入る、よくある光景だった。
「おかえり」
「ただいま」
そのやり取りは昨日までと変わらない。
声の調子も、言葉の選び方も、特別な違いはない。
変わらないはずなのに、視線が、
どうしてもそちらに向いてしまう。
意識して見ているわけではないのに、
表情や仕草を、無意識に確認している自分がいた。
「今日はどうだった?」
聞き慣れた言葉だ。
いつもなら深い意味もなく口にしている。
でも今日は少し違う意味を持っていた。
答えを聞きたい、というより反応を確かめたい。
そんな気持ちが混じっている。
「普通だよ」
短い返事。
相変わらずスマホから視線は上がらない。
それだけだった。
「そっか」
自分の返事もそれ以上のものにはならない。
そこから先会話は広がらなかった。
テレビの音が少し大きく感じられる。
その瞬間、胸の奥に小さな衝動が生まれた。
確かめたい。
確かめたい。
確かめたい。
言葉にするとそれしか浮かばない。
何を確かめたいのかははっきりしない。
気持ちなのか、距離なのか、それとも自分の思い込みなのか。
ただ、
このまま流してしまう前に一度は向き合っておいた方がいいのではないか、そんな考えが頭をよぎる。
「別に、何でもないんだけど」
思わず口を開いた。
言いかけてまた止まる。
続ける言葉が見つからなかった。
確かめることで安心できるのか。
それとも今まで保ってきたものが、少しずつ崩れ始めるのか。
どちらになるのか予想がつかない。
安心も、不安も、同時に思い浮かぶ。
答えは出ていない。
どう聞けばいいのかも分からないままだ。
ただ、
確かめたい気持ちだけが消えずに残っていた。
それはまだ、行動になるほど強くはない。
けれど、なかったことにできるほど小さくもなかった。
その夜は、その衝動を抱えたまま、
何事もなかった顔で同じ空間に座り続けていた。
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