通勤電車に揺られながら、
ふと胸の奥を探るような気持ちになった。
特別な理由があったわけではない。
ただ、電車の一定の揺れと、
流れていく景色を眺めているうちに自然と意識が内側に向いた。
昨夜、何も起きなかった。
少なくともはっきりと「出来事」と呼べるものはなかった。
今朝も、いつも通りだった。
挨拶も、会話も目に見える範囲では何一つ変わっていない。
それなら安心していいはずだった。
問題はなかった。少なくとも、表面上は。
朝の段階で自分なりに納得もした。
なかったことにする、と決めてその判断を持ったまま家を出た。
それなのに気持ちは思ったほど落ち着いていなかった。
胸の奥に小さな引っかかりが残っている。
不安というほど強いものではない。
焦りとも違う。
ただ、完全に静かにならない。
仕事に集中しようとしても意識が細かく散っていく。
目の前の作業を追いながらふとした瞬間に、関係のない考えが割り込んでくる。
「何もなかった」
頭の中で何度も同じ言葉を繰り返した。
確認するように自分に言い聞かせる。
それなのに少し時間が経つと、同じ考えがまた戻ってくる。
昼休みスマホを手に取った。
特に用事があるわけでもない。
誰かに連絡を取る予定もない。
画面を開いて通知を確認する。
連絡が来ているわけでもない。
メッセージも着信履歴もない。
それでも無意識のうちに何度か画面を見てしまう。
安心したはずなのに、どこかで何かを待っている自分がいた。
それが何なのかは分からない。
連絡なのか、変化なのか、あるいはただの確認なのか。
理由ははっきりしない。
何を期待しているのかも言葉にできない。
ただ、
「このままで終わらない気がする」
そんな感覚だけが静かに残っていた。
何かが起きる予感、というほどでもない。
ただ、
すべてが片付いた、そう言い切るにはまだ少し早い気がしていた。
電車は次の駅に止まりまた動き出す。
自分も何事もなかった顔をして一日を続けていく。
その裏で落ち着かなさだけが、小さく揺れ続けていた。
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