一番疲れていたのは何かが起きた瞬間でも
強い言葉をぶつけられたときでもなかった。
「普通」を保とうとしている時間だった。
以前と同じように振る舞うこと。
気にしていないふりをすること。
余計なことを考えないように自分の感情に蓋をすること。
それを一日中、続けている。
想像以上に、消耗する。
朝、顔を合わせるとき。
「おはよう」と言う声のトーンを意識する。
明るすぎないか。
暗く聞こえないか。
そんなこと以前は考えたこともなかった。
仕事から帰ってきて、
「ただいま」と言うときも同じだ。
疲れを出しすぎていないか。
不機嫌に見えないか。
常に、自分を少し引いた場所から見ている。
会話をするときも言葉を選ぶようになっていた。
自然に口から出ていたはずの言葉が、
一度、頭の中で止まる。
「これを言っていいのか」
「今、この話題は重くないか」
「変に思われないか」
そんな確認をしてからようやく口を開く。
本来、夫婦の会話でそんなチェックは必要ないはずだ。
思ったことを言ってどうでもいい話をして
笑ったり、文句を言ったりする。
それが一緒に生活するということだった。
それなのに今は無意識にブレーキがかかる。
踏み込みすぎないように。
触れすぎないように。
空気を乱さないように。
嫁と笑いながら話しているときでさえ、
心のどこかで距離を測っている自分がいる。
今の距離は、
近すぎないか。
遠すぎないか。
一歩踏み出したら何かが壊れてしまうんじゃないか。
そんな感覚が常に頭の片隅にある。
それが一番疲れた。
怒るほうが泣くほうが、
問い詰めるほうが、きっと楽だった。
でも、
何も起きていないように振る舞うには、
常に自分を抑え続けなければならない。
普通に笑って、
普通に相槌を打って、
普通に過ごす。
その「普通」が、
もう自然にできなくなっている。
何も起きていないように装うほど
自分の中の違和感がかえって強くなる。
見ないふりをすればするほど
はっきりと存在を主張してくる。
「俺は今、何を守ろうとしているんだろう」
家庭の空気か。平穏な日常か。
それとも壊れるのが怖いだけなのか。
本当は何かを聞きたい。
何かを確かめたい。
でもそれを口にする勇気はない。
だから普通を演じ続ける。
何も問題がない夫。
特に不満のない顔。
何も考えていないような態度。
それが一番自分を削っている。
夜、一人で風呂に入るときふっと力が抜ける。
誰にも見られていない場所で
ようやく息ができる気がした。
その瞬間どれだけ無理をしていたのかを
思い知らされる。
「このままでいいのか」
その問いが朝から夜まで
ずっと頭から離れなくなっていた。
答えは出ない。
正解も分からない。
ただ
「何も変えずにいること」が
一番しんどいということだけははっきりしていた。
普通でいようとするほど普通から遠ざかっている。
その矛盾に俺はもう気づいてしまっていた。
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