最近、家にいても気持ちが休まらなくなっていた。
仕事から帰ってきて靴を脱ぎ、上着を脱ぎ、
いつものようにソファに腰を下ろす。
以前ならそれだけで少し力が抜けた。
一日の緊張がゆっくりほどけていく感覚があった。
「帰ってきたな」
そう思える場所だった。
外でどんなに疲れていても
家に入った瞬間、肩の力を下ろせた。
今は違う。
ソファに座っても体は休んでいるはずなのに
頭だけが落ち着かない。
テレビをつけても
画面の内容がまったく頭に入ってこない。
ニュースも、バラエティも、
ただ音として部屋に流れているだけだ。
チャンネルを変えても状況は変わらない。
どれも同じように背景音になってしまう。
嫁はリビングにいる。
同じソファの端、
あるいは少し離れた椅子に座っている。
確かに同じ空間にいる。
物理的な距離は決して遠くない。
それなのになぜか落ち着かない。
視界の端に、常に意識が向いている。
何をしているのか。
今、どんな表情をしているのか。
理由ははっきりしない。
何かをされたわけでもない。
責められたわけでも冷たい
言葉を投げられたわけでもない。
日常は表面上は穏やかだ。
会話がまったくないわけでもない。
生活はちゃんと回っている。
それでも、
「ここにいても安心できない」
そんな感覚が、確かに残っていた。
自分でも不思議だった。
家は休む場所のはずだ。
外で気を張った分
何も考えずにいられる場所だった。
なのに今は無意識に気を張っている。
嫁がスマホを手に取るタイミング。
画面を見つめる時間の長さ。
立ち上がる瞬間。
キッチンへ向かう足取り。
どれも意識しなくていいはずのことなのに
やけに気になる。
自分でも
「何を見ているんだろう」
そう思う。
気にしなければいい。
放っておけばいい。
そう分かっているのに
視線が勝手に追ってしまう。
そのことに気づくとさらに疲れる。
気にしている自分。
疑っているような自分。
安心できていない自分。
その全部が自分自身を消耗させていた。
「何をしてるんだろう」
心の中で、何度もそう思った。
証拠もない。
はっきりした理由もない。
それなのに落ち着かない。
緊張が解けない。
家にいるのにどこか外にいるような感覚。
休むために座っているはずなのに、
心だけがずっと立ったままだ。
この感覚を
「気のせい」で片付けられたら、
どれだけ楽だろうと思う。
でも無視しようとすればするほど、
かえって意識してしまう。
家が少しずつ「安全な場所」ではなくなっている。
その変化を自分だけが感じ取っているようで、
誰にも言えなかった。
嫁はいつも通りそこにいる。
子どもも、いつも通り過ごしている。
変わってしまったのは、
環境じゃなく俺の感じ方なのかもしれない。
そう思おうとした。
そう思うしかなかった。
それでもこの落ち着かなさは
確実に存在している。
俺はその夜も家にいながら
どこにも居場所がないような気持ちで
時間が過ぎるのを待っていた。
コメント