MENU

助けを求めることへの抵抗

あの頃、
助けを求めるという発想は、
自分の中にはほとんどなかった。

そもそも、
これは夫婦の問題だと思っていた。

嫁との間に起きていること。
家の中で感じている違和感。

それを外に出すということ自体、
どこか間違っている気がしていた。

まだ何も確信があるわけじゃない。
ただ、
少しずつ積み重なっていく感覚があるだけ。

嫁の様子が前と違う気がする。
会話の温度が微妙に変わった気がする。
一緒にいても、どこか距離を感じる瞬間がある。

でも、
それを誰かに話すとなると、
急に言葉が止まる。

ただの思い込みだったらどうする。
考えすぎだと言われたらどうする。

何より、
自分が疑っている側の人間になることに、
強い抵抗があった。

嫁を疑っている。

その言葉を、
自分自身がまだ受け入れきれていなかった。

だから、
助けを求めるという選択肢が浮かんでも、
すぐに引っ込めてしまう。

「まだ大げさにする段階じゃない」
「気のせいかもしれない」

そうやって、
自分の中で何度も打ち消していた。

本当は、
誰かに一度聞いてほしい気持ちもあったと思う。

この違和感は普通なのか。
自分が過敏になっているだけなのか。

それを、
第三者の視点で確かめてみたい気持ちが、
全くなかったわけじゃない。

でも、
それ以上に、
口に出すことへの抵抗の方が強かった。

もし相談したら、
きっとこう言わなきゃいけなくなる。

「最近、嫁の様子が少し気になっていて」

その一言を言ってしまったら、
もう後戻りできない気がした。

まだ何も起きていないかもしれない。
ただのすれ違いかもしれない。

それなのに、
疑いを言葉にしてしまうのは、
どこか裏切りに近い気もしていた。

だから、
助けを求めることは、
ずっと後回しになっていた。

自分の中で整理して、
納得できる答えを見つけてから。

そう思っていた。

でも実際には、
整理すればするほど、
分からないことが増えていく。

嫁の行動を思い返す。
会話を思い返す。
表情や、タイミングや、
細かい部分まで気になり始める。

それでも、
誰かに話すところまではいかなかった。

「まだ大丈夫」
「もう少し様子を見よう」

そうやって、
自分を納得させ続けていた。

今思えば、
あの頃が一番、
一人で抱え込んでいた時期だったのかもしれない。

まだ何も知らなかったし、
確かなこともなかった。

だからこそ、
助けを求める理由が見つからなかった。

でも同時に、
心のどこかでは、
このままではいけないとも感じ始めていた。

嫁との間にある、
小さなズレのようなもの。

言葉にしづらい違和感が、
静かに積み重なっていく。

それを一人で抱え続けることに、
少しずつ限界を感じ始めていた。

それでも、
誰かに頼ることはできなかった。

助けを求めるという行為が、
自分の中ではまだ、
大きすぎる一歩だった。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

コメント

コメントする

目次