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感情と事実が交差していた

記録を見返す時間が、
少しずつ増えてきていた。

最初の頃は、
書いて終わりだった。

振り返ることは、
ほとんどなかった。

ただ残す。
それだけで十分だった。

でも、
ある日ふと、
前の記録を順番に読み返してみた。

そこには、
いつもと変わらない日常が並んでいた。

時間。
会話。
帰宅のタイミング。
短い出来事。

どれも、
特別なものではない。

それなのに、
読み進めていくうちに、
不思議な感覚が生まれてきた。

事実として書いたはずの言葉に、
感情が重なって見える。

この日は、
少し引っかかっていた。

この日は、
何も感じないようにしていた。

この日は、
妙に落ち着かなかった。

書いた当時は、
そこまで深く考えていなかったはずなのに、
読み返すと、
その日の空気まで伝わってくる気がした。

事実は変わらない。

書いてある内容は、
あくまでその日の出来事だけだ。

それでも、
そこに込められていたものが、
あとから浮かび上がってくる。

短い会話の一行。

「今日は少し遅くなる」

それだけの言葉。

その場では、
特に何も思わなかった。

「分かった」

そう返して終わりだった。

でも、
記録の中にその一行を見つけると、
その日の感覚が少しだけ戻ってくる。

返事の速さ。
声の調子。
部屋の空気。

そういうものが、
一緒に思い出される。

記録は事実だけのはずなのに、
その周りに、
当時の感情が静かに重なっていた。

それに気づいた時、
少し戸惑った。

感情は、
できるだけ書かないようにしてきた。

主観を混ぜると、
見え方が偏る気がしたからだ。

だから、
事実だけを残してきた。

それでも、
完全には切り離せていなかった。

事実を書いたその瞬間、
自分の中に何かがあった。

それが、
行間に残っている。

言葉にはしていないのに、
そこにある。

そんな感覚だった。

記録は、
ただのメモのはずだった。

それなのに、
時間が経つほど、
違う意味を持ち始めていた。

事実として積み上げたものが、
いつの間にか、
自分の感情を映すものにもなっていた。

どちらが先なのか、
分からなくなる瞬間もある。

出来事があって、
感情が生まれたのか。

それとも、
感情があったから、
出来事が引っかかったのか。

記録を見返していると、
その境目が曖昧になる。

ただ、
はっきりしていることが一つだけあった。

事実と感情は、
別々に存在しているわけではなかった。

同じ場所に、
少しずつ重なっていた。

それに気づいた時、
記録の意味が、
少しだけ変わった気がした。

ただの出来事の整理ではない。

その時、
自分が何を感じていたのか。

言葉にしなかったものまで、
そこに残っている。

それが分かると、
読み返すことが、
少し怖くもなった。

でも同時に、
必要なことのようにも思えた。

事実だけを見ていたつもりだった。

感情を切り離しているつもりだった。

でも実際には、
その二つは、
同じ場所で静かに交差していた。

気づかないうちに、
自分の中の何かが、
そこに記録されていたのだと思う。

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この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

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