MENU

正解が分からなくなった

浮気を疑ったとき
正解が何なのか本当に
分からなくなった。

疑う気持ちそのものが
正しいのかどうかさえ
判断できなくなっていた。

問い詰めるべきなのか。
はっきり聞いて白黒をつけるべきなのか。

それとも
証拠を集めるべきなのか。
感情ではなく
事実で確かめるべきなのか。

あるいは何も知らないふりをして、
これまで通り過ごすべきなのか。
自分の疑念をなかったことにするべきなのか。

どれも、
一理あるように見えた。
同時にどれを選んでも
取り返しのつかない結果になりそうな気もした。

問い詰めれば、
関係が壊れるかもしれない。
たとえ何もなかったとしても、
疑ったという事実だけが、
残ってしまうかもしれない。

証拠を集めれば、
自分が自分でなくなる気がした。
相手を監視するような行動を、
自分は本当に選びたいのか。
その一線を越えたとき、
元には戻れない気がしていた。

何も知らないふりをすれば、
表面上の平穏は保てるかもしれない。
でも、
自分の中の違和感を、
一生押し殺すことになるのではないか。
そんな恐れもあった。

どれも正しそうで、
同時にどれも間違っているように感じた。

嫁は、
何事もないように日常を過ごしている。
食事をして、会話をして、
用事をこなしている。

少なくとも、
表面上は何も変わっていないように見えた。

その姿を見ていると、
自分の疑念のほうが
間違っているのではないか、
という考えが浮かぶ。

自分が神経質になっているだけではないか。
考えすぎているだけではないか。
疲れているから、
変な方向に想像しているだけではないか。

そう思おうとする自分も確かにいた。

でも、
一方で違和感が消えることはなかった。

一度気づいてしまった感覚は、
完全には戻らなかった。
日常に溶け込んだ小さな引っかかりが、
静かに残り続けていた。

だから、
次第にこう思うようになった。

正解を探すこと自体が、
間違っているのではないか。

この状況には、
模範解答がないのではないか。
誰かの体験談を読んでも、
「これだ」と思えるものはなかった。

同じような状況に見えても
関係性も積み重ねてきた時間も
自分の性格もすべて違う。

誰かの選択を
そのまま自分に当てはめても
自分の気持ちは少しも納得しなかった。

冷静に考えようとするほど
選択肢は増えていった。

考えれば考えるほど
それぞれの選択肢に
リスクと後悔が見えてくる。

その分決断はどんどん遠のいていった。

正解を選べば
後悔しないと思っていた。

正しい選択さえすれば
この苦しさから抜け出せると
どこかで信じていた。

でも、
どれを選んでも何かを失う気がしていた。

信頼かもしれない。
安心かもしれない。
これまでの関係かもしれない。
あるいは、
自分自身の感覚かもしれない。

失わない選択は
もう残っていないように思えた。

だから、
「分からない」という状態を
受け入れるしかなかった。

決められない自分を
責めることもできなかった。
この状況で即断できるほうが
むしろ不自然な気もした。

正解が分からなくなった、
というよりも、
正解が存在しない場所に来てしまった。

そんな感覚だった。

地図のない場所で、
どの方向にも道が伸びている。
でも、
どれが正しい道なのかは
誰にも分からない。

ただ、
立ち止まっている自分だけがそこにいた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

コメント

コメントする

目次