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事実だけを積み上げていた

ある時から記録には事実しか
残さないようになっていた。

意識的に決めた、
というよりそう書くほうが楽だった。

嫁と何を話したか。
話さなかった日が何日続いたか。
同じ空間にいながらそれぞれ別のことをしていた時間。

そうしたことを
淡々と書き留めていた。

そこに解釈は加えなかった。

「忙しそうだった」
「機嫌が悪そうだった」

そういう言葉は
意識的に使わないようにしていた。

代わりに、
「夕食後、それぞれ別の部屋で過ごした」
「会話は必要な確認のみ」
といった書き方が増えていった。

事実だけを積み上げると、
感情は一時的に静かになる。

期待も不安も、
入り込む余地がなくなる。
「どういう意味だろう」と考え始める前に、
書くことが終わる。

嫁の態度について考えるのを、
完全にやめたわけではない。
ただ、
考える材料を限定していた。

「どう思っているのか」
ではなく、
「何が続いているのか」。

それを並べていくと
状況は説明を必要としなくなっていった。

事実は何も主張しない。
良いとも悪いとも言わない。

でも、
積み上がると無視できなくなる。

数日なら偶然かもしれない。
でも、
何週間も続けばそれは一つの状態になる。

このやり方は、
冷たいようにも感じた。
感情を切り捨てているような、
そんな後ろめたさもあった。

それでも、
今の自分にとっては必要な方法だった。

期待しすぎないために。
失望しきらないために。
どちらにも振り切れないための、
自分なりの距離の取り方だった。

事実だけを積み上げることは
状況を突きつけるためではなく、
自分を守るための整理だったのだと思う。

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この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

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