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整理すればするほど孤独を感じた

記録は、
あくまで自分のためのものだった。

誰かに読ませるためでもなく、
共感を得るためでもない。
理解してもらうことを目的にした文章でもなかった。

ただ、
自分の中が混乱しないようにするため。
考えが散らからないように一つずつ並べておくためのものだった。

だから、
書いている間は孤独を意識することはなかった。
むしろ、
一人で向き合っている感じが必要な時間のようにも思えていた。

でも、
整理が進むにつれて少しずつ奇妙な感覚が生まれてきた。

書けば書くほど、
頭の中は整っていく。

余計な感情や憶測に近い推測が削ぎ落とされて、
状況はどんどんシンプルになっていった。

何が起きていて何が起きていないのか。
変わったことと変わらないこと。

それらが、
曖昧さを失ってはっきりと形を持ち始めた。

そのときふと気づいた。

この整理された現実を、
知っているのは自分だけだ、ということに。

ここまで整理された形で、
全体を把握しているのは、
自分しかいない。

理解しているのも、
受け止め続けているのも自分だけだった。

誰かに話していなかったわけではない。
日常の雑談もあったし、
表面的な会話はこれまで通り続いていた。

近況を聞かれれば答えたし、
笑う場面もあった。
一見すると何も変わっていないように見えたと思う。

でも、
この整理された感覚だけは、
どこにも出せなかった。

言葉にできないわけではなかった。
むしろ言葉にはできていた。

ただ、
それをそのまま外に出すと
伝わらない気がしていた。

背景から説明しなければならないし、
前提を共有しなければならない。

一つずつ説明していくうちに、
話は感情的な方向に流れてしまう。

そうなると、
せっかく整理したはずの視点が、
また曖昧になってしまう気がした。

だから、
この感覚は記録の中だけで完結させていた。

孤独というのは、
一人でいることではなかった。
誰とも話していない状態でもなかった。

一人で理解している状態。
一人で全体を見渡している状態。
それが、
一番孤独に近いのだと、
そのとき初めて思った。

整理が進むほど自分の視点は明確になる。

何に違和感を覚えていて、
どこで立ち止まっているのかも、
はっきりしてくる。

同時に、
その視点を共有できない現実も
くっきりと浮かび上がってくる。

誰かと並んで、
同じ方向を見ている、
という感覚がいつの間にか失われていた。

それに気づいたとき、
強い寂しさというよりも静かな断絶を感じた。

大きな断絶ではない。
関係が切れたわけでもない。

ただ、
立っている場所が、
いつの間にかずれていた。

理解は、
必ずしも救いになるとは限らない。
理解したからこそ、
自分が一人で立っている場所が、
はっきり見えてしまうこともある。

整理すればするほど、
自分の足元だけがくっきりと浮かび上がって、
周囲の気配が少しずつ薄れていった。

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この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

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