一時的に落ち着く瞬間は
確かにあった。
「大丈夫だろう」
そう思える時間もゼロではない。
むしろ、
何事もなく過ぎていく時間の方が
圧倒的に多い。
問題が起きているわけじゃない。
衝突があるわけでもない。
疑いを裏づける事実があるわけでもない。
だから、
一息つける瞬間はある。
でも、
気づくと不安の方が先に立つようになっていた。
安心が「あとから来る」ものになり
不安が「最初に浮かぶ」ものになっている。
その順番が、
いつの間にか逆転していた。
たとえば、夜。
仕事を終えて帰宅した嫁が
いつもより少し早い時間にリビングに現れる。
「今日は早いんだね」
自分の口から出たその言葉は
特に意味を含ませたものじゃない。
本当に、
ただの確認だった。
「うん、たまたま」
軽く返ってきたその返事を聞いて、
胸の奥がほんの一瞬だけ緩む。
早く帰ってきた。
理由も自然だ。
たまたま、という言葉もおかしくない。
普通だ。
よくあることだ。
何も問題はない。
……はずだった。
「じゃあ、ちょっと出てくるね」
その一言が続いた瞬間
さっきまであった安心が
驚くほど簡単に消えた。
理由を聞くほどのことじゃない。
「どこ行くの?」と
聞かなければならない状況でもない。
行き先を詮索するつもりもないし
疑っているように思われるのも嫌だった。
だから、
何も言わない。
「いってらっしゃい」
そう言う準備すら頭の中ではできている。
それでも胸の奥がざわつく。
理由は分からない。
論理的に説明もできない。
さっきまであった安心が
まるで最初から存在しなかったかのように
不安に上書きされている。
「別に、何もおかしくない」
そう言い聞かせようとする。
早く帰ってきたことも、
出かけることもそれぞれ単体で見れば
何の問題もない。
なのに、
安心できる材料が揃っていても
不安の方が勝ってしまう。
以前は逆だった。
少し引っかかることがあっても
「考えすぎだ」
「気のせいだ」
そうやって、
自分で自分を落ち着かせることができた。
不安が出てきても
安心が最後に勝っていた。
今は違う。
安心している自分の方が
どこか無理をしている気がする。
「大丈夫だと思おうとしている」
そんな感覚が自分の中に残る。
自然に安心できない。
意識しないと、
不安が前に出てきてしまう。
そのことに気づいたとき、
自分の中で何かが確実に変わってしまったと感じた。
安心よりも、
不安の方が信用されている。
その順番が入れ替わっている。
それは決定的な確信ではない。
でも、
以前にはなかった状態だった。
そしてその変化を、
自分はもう見て見ぬふりができなくなっていた。
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