誰かに指摘されたわけじゃない。
何かが表に出たわけでもない。
はっきりとした出来事が起きたわけでも
決定的な言葉を聞いたわけでもない。
それでも、
自分だけが気づいている。
そんな感覚が日に日に強くなっていった。
周囲は、
いつも通りに動いている。
朝になれば
家の中は慌ただしくなり
夜になれば一日が終わる。
子どもは何も疑うことなく
昨日の続きのように今日を過ごしている。
笑って、怒って、眠って。
その様子を見ていると、
「何も変わっていない」
という事実を突きつけられるような気がした。
嫁も、
表面的には変わらない。
会話はある。
用事の共有もある。
必要なことはきちんと回っている。
外から見れば
何も問題のない家庭だ。
だからこそ
余計に自分だけが異物のように感じられた。
「何かあった?」
もし、
そう聞かれたとしたら。
自分は「別に」と答えるしかない。
嘘をついているわけじゃない。
でも本当のことも言っていない。
説明できる材料がない。
確定した事実もない。
自分の中にあるのは
感覚と違和感だけだ。
それを言葉にしようとすると
すべてが曖昧になってしまう。
「気のせいじゃない?」
そう返される未来が
簡単に想像できた。
だから、
何も言えない。
言えないというより
言葉にできない。
それなのに自分の中では
以前と同じ場所にはもう立てなくなっている。
同じ景色を見ているはずなのに
感じているものが違う。
同じ日常を過ごしているはずなのに、
自分だけ別の層に足を踏み入れてしまったような感覚。
この感覚を
共有できる相手がいない。
分かち合えない。
確認し合えない。
「自分だけが変化に気づいている」
という感覚は孤独というより孤立に近かった。
誰にも責められていないのに
一人で抱え込んでいる。
誰かと距離を取っているわけでもないのに、
心の位置だけが少し離れている。
それでも、
見なかったことにはできない。
気づいてしまった感覚を
無理に消すことはできない。
気づいている自分を
なかったことにはできないからだ。
周囲が気づいていないからといって、
自分の感じていることが消えるわけじゃない。
むしろ、
誰にも共有できない分
その感覚はよりはっきりと存在感を持つ。
自分だけが気づいている。
その事実が静かに重くのしかかっていた。
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