以前は、
出来事を一つずつ
きれいに切り離して考えていた。
その日のことはその日だけのもの。
そこで起きた会話や態度は
その場限りで完結する。
別の日に起きたこととは
直接の関係はない。
そうやって整理することで
余計な意味を持たせずに済んでいた。
一つ一つを
単独の出来事として扱えば
深く考えなくていい。
「たまたま」
「そのときの気分」
「忙しかっただけ」
そう言い換えることも簡単だった。
でも今は
そうできなくなっている。
何かをきっかけに過去の場面が
ふいに頭の中に浮かぶ。
意識して思い出そうとしているわけじゃない。
ただ、
今起きていることに触れた瞬間
似た質感の記憶が勝手に呼び出される。
あのときの返事。
少し間のあった「うん」。
あの沈黙。
言葉が続かず、
空気だけが流れた時間。
あの態度。
こちらに背を向けたまま話された一言。
それぞれは、
本当に小さな出来事だ。
その場では、
深く考える理由もなかった。
「そんなこともある」
それで済ませられる程度のものばかりだ。
でも、
それらを並べて思い返すと
不思議な感覚が生まれる。
方向が揃っているように見える。
意図があると断定できるほど
はっきりしたものではない。
でも、
ばらばらだった点が
同じ向きを向いているように感じる。
無理に結びつけているのかもしれない。
今の自分の状態が
そう見せているだけなのかもしれない。
意味を持たせすぎているだけ、
という可能性ももちろんある。
それでも、
一度「繋がり」を意識してしまうと
切り離すことができない。
以前のように
「これはこれ」
「それはそれ」
と、分解できなくなっている。
過去は変えられない。
起きたことそのものは動かせない。
でも、
見え方は変わる。
同じ出来事でも
今の位置から振り返ると
違う意味を帯びてくる。
以前は、
単発の出来事だったものが、
今は、一つの流れの中に置かれている。
線で結ばれているわけではない。
はっきりとしたストーリーが
見えているわけでもない。
それでも、
「流れとして見てしまっている」
自分がいる。
それが正しいかどうかは
まだ分からない。
この先、
全く別の見え方に変わる可能性もある。
ただ、
過去を
「単独の出来事」としてではなく
「連続したもの」として
捉え始めている。
その段階に確実に来ている。
それだけははっきりしていた。
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