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違和感を並べて考えるようになった

感覚のまま考えていると
どうしても感情が先に立つ。

不安が強い日はすべてが重く見える。
落ち着いている日は同じ出来事でも大したことがないように思える。

その揺れに自分自身が振り回されている気がした。

だから、
一度整理してみようと思った。

結論を出すためではない。
答えを決めるためでもない。

ただ、
頭の中で混ざり合っているものを
一つずつ外に出してみたかった。

思いつくままに違和感を書き出す。

特別な順番はない。
重要度もつけない。

会話の減り方。
以前より短くなったやり取り。

予定の曖昧さ。
決まるまでに時間がかかることが増えたこと。

視線が合わない瞬間。
話していて一瞬だけ目が逸れる感覚。

帰宅時間のばらつき。
説明できなくはないけれど
気になってしまう日があること。

どれも、
単体で見れば説明がつく。

仕事が忙しい時期もある。
疲れていれば会話が減ることもある。

たまたまタイミングが合わない日だって
誰にでもある。

だからこそ今まで見過ごしてきた。
一つずつなら気にする理由がなかった。

でも、
それらを並べてみると違う見え方をする。

点だったものが同じ紙の上に並ぶ。

一つ一つは弱くても
集まると無視できない存在感になる。

因果関係は分からない。

これとこれが
直接つながっているのかどうかも
断定できない。

偶然かもしれないし
まったく別々の理由かもしれない。

それでも、
無関係とは言い切れない
微妙な距離感があった。

強く主張するわけではない。
でも、互いに視界に入っている。

そんな配置だった。

「考えすぎかもしれない」

その可能性ももちろん残っている。

むしろそうであってほしい
という気持ちもある。

すべてが自分の受け取り方の問題で
勘違いで終わるならそれが一番いい。

でも、
考えずに済ませることができなくなっている。

並べてしまった以上
なかったことには戻せない。

見なかったふりも
以前ほど簡単ではない。

違和感を並べる、
という行為そのものが
すでに以前の自分とは違っていた。

以前なら並べる前に止めていた。
深く考えない理由を先に探していた。

今は、
そうしなかった。

並べて、眺めて、
そのまま受け止めている。

それが何を意味するのかは
まだ分からない。

ただ、
感覚だけで流す段階は確実に過ぎていた。

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この記事を書いた人

「理由は分からないけれど、何かがおかしい気がする」
そんな感覚を抱いたことのある方に、少しでも共感していただけたらと思い、このブログを続けています。日々の出来事や感じたことを、自分なりの言葉で淡々と綴っています。

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