「偶然」という言葉はとても便利だ。
理由が分からないことを
一旦そこに置いておける。
無理に意味を探さなくていいし
深く考えずに済む。
余計な想像をしなくていい
という安心感もある。
これまでは
何度もその言葉に助けられてきた。
説明がつかない出来事があっても
「たまたまだろう」
そう言えばそれ以上考えずに済んだ。
疑う必要もない。
問い詰める必要もない。
日常をそのまま続けることができた。
でも最近、
同じような場面で
何度も「偶然」という言葉を
使っている自分に気づいた。
一つなら、
確かに偶然で済む。
二つ続いても、
まあ、そんなこともある。
でも、
同じような違和感が何度も重なると、
少しずつ引っかかり始める。
偶然が続く。
偶然が重なる。
それ自体が、
どこか不自然に感じられた。
確率の問題なのかもしれない。
たまたまそういう時期なだけなのかもしれない。
そう考えようとすれば
考えられなくはない。
だからといって
何かを断定したいわけじゃない。
白か黒か、
はっきりさせたいわけでもない。
答えが欲しいというよりも、
理由を作りたいわけでもなかった。
ただ、
「偶然」という言葉だけでは
説明しきれなくなってきた。
言葉の便利さが、
少しずつ現実と合わなくなってきた。
説明できない、
という事実をそのまま受け止める必要があるのかもしれない。
無理に結論を出さず、
分からないままそこに置いておく。
でも、
「偶然」とは違う形で置いておく必要がある。
そんな感覚だった。
まだ、
確信には程遠い。
決定的なものは何もない。
誰かに話せば
「気にしすぎだよ」
そう言われるかもしれない。
自分でもそう言われたら
否定できない。
それでも、
考えない理由が少しずつ
減ってきているのを感じていた。
目を背けるための言葉が、
以前ほど効かなくなってきている。
偶然では説明できないかもしれない。
そう思った瞬間、
これまで立っていた場所から
ほんの一歩外に出てしまった気がした。
まだ遠くへ行ったわけじゃない。
戻ろうと思えば戻れる距離かもしれない。
それでも、
一度踏み出した感覚だけは確かに残っていた。
これまでとは違う場所に
足を踏み入れてしまった。
その感覚が
静かに胸の奥に広がっていた。
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