数字を見て、
少しは冷静になれたはずだった。
感覚だけで考えていた頃よりも、
頭の中は整理されている。
過剰に不安を膨らませているわけではない、
そう自分に言い聞かせることもできた。
でも同時に、
別の感覚が生まれていた。
それは、
現実を見始めてしまった
という感覚だった。
数字は、
安心材料にもなるけれど
都合よく目をつぶることも許してくれない。
そこに並んだ事実は
何もない、と言い切れるほど真っ白ではなかった。
黒でもない。
はっきりしたグレーですらない。
ただ、
白ではない、ということだけが分かる。
決定的な証拠はない。
断定できるほどの材料もない。
誰かに話せば、
「気にしすぎだよ」
そう言われる程度のものかもしれない。
自分でも、
そう言われたら否定できない。
それでも、
「全部気のせいだ」で片づけるには、
少しだけ多かった。
ほんのわずかな違和感。
小さなズレ。
説明しづらい引っかかり。
一つ一つは取るに足らない。
でも、
いくつか重なると、無視するには難しくなる。
現実を見る、というのは
はっきりした答えを見ることじゃない。
白か黒か、
正解か不正解か、
そういう分かりやすいものを突きつけられることではない。
むしろ、
「分からない状態」を
そのまま受け止めることなのかもしれない。
答えが出ないまま
宙ぶらりんの感覚を抱えていること。
安心も、絶望も、
どちらにも振り切れない場所に立つこと。
以前の自分なら
その状態を避けることができた。
分からないなら、考えない。
考えないなら、気にならない。
そうやって、
無意識のうちに距離を取っていた。
それができていた頃は
きっと何も壊れていなかった。
でも、
今は違う。
分からないままでも
目を逸らせなくなっている。
考えない、という選択肢が
いつの間にか消えていた。
気づかないふりをすることが、
以前よりもずっと難しい。
現実を見始めた、
という感覚は
覚悟ができた、
という意味ではない。
強くなったわけでも
腹を括れたわけでもない。
ただ、
一歩踏み出してしまったという感じに近い。
引き返せない一線を越えた
というほど大げさではないけれど、
簡単には戻れない場所に立ってしまった気がする。
以前のように、
何も知らなかった自分にはもう戻れない。
それだけは、はっきりしていた。
先に何があるのかは分からない。
この感覚が何を意味するのかもまだ言葉にできない。
ただ、
現実を見始めてしまったという感覚だけが、
静かに、確実に残っていた。
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