感覚だけで物事を考えていると、
どうしても気持ちのほうが先に動いてしまう。
「何となく遅い気がする」
「最近、帰りが遅い日が多い気がする」
そういう“気がする”という感覚は、
一度生まれるとどんどん大きくなっていく。
確かな根拠がなくても、
感情は勝手に理由を作り始める。
だから、
このまま感覚だけで考え続けるのは良くない気がした。
一度、数字にしてみようと思った。
嫁が帰ってくる時間。
自分が「遅い」と感じた日。
頭の中だけで整理するのはやめて、
手帳を開いた。
最近の予定を思い出しながら
覚えている範囲で書き出していく。
何時頃だったか。
何曜日だったか。
その日に、仕事や用事の理由はあったか。
完璧な記録ではない。
抜けている日もあるし、
記憶が曖昧なところもある。
それでも、
書かないよりはいいと思った。
一行ずつ淡々と書き足していく。
書いているうちに、
少しずつ気持ちが落ち着いてくるのを感じた。
数字は感情を煽らない。
事実としてそこに並ぶだけだ。
全部を書き終えて、
しばらく眺めてみる。
すると、
意外なことに気づいた。
毎日遅いわけじゃない。
遅い日が連続しているわけでもない。
早い日も、普通の日も、
ちゃんと混ざっている。
自分が思っていたほど、
極端な変化があるわけではなかった。
「最近ずっと遅い」という印象は、
数字の上では少し大げさだった。
「考えすぎかもしれない」
そう思える材料が確かにそこにはあった。
感覚だけで見ていたときよりも
状況がはっきりする。
数字にすると少しだけ冷静になれる。
感情が一歩引いた場所に移動する感じがした。
胸の奥にあったざわつきが
ほんの少し薄まる。
これで、
すべて気にしなくて済む。
そう思えたらよかった。
でも、
書き終えたあと
どうしても目に入ってしまうものがあった。
それは完全な安心ではなかった。
一つだけ、
確かに残ったもの。
「ゼロではない」
その事実だった。
大きな変化ではない。
決定的な証拠でもない。
けれど、
まったく何もないというわけでもなかった。
数字は嘘をつかない。
同時に、
すべてを否定してくれるわけでもない。
冷静にはなれた。
でも完全に気持ちを消すことはできなかった。
その微妙な感覚だけが、
静かに手帳を閉じたあとも残っていた。
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